「理想が高いね」と言われてモヤッとしたこと、ありませんか?
「理想が高いよね」
——婚活中、そんな言葉を誰かに言われたことはありませんか?
親しい友人や家族、あるいはマッチングアプリで出会った相手から、悪気のないトーンでさらっと言われるその一言。聞いた瞬間、「あ、私って望みすぎてるのかな」と、どこか胸がつかえるような、モヤモヤした気持ちになった方もいるのではないでしょうか。
でも、よく考えてみてください。
それって本当に“高すぎる理想”なのでしょうか?
結婚という人生に大きな影響を与える選択において、「こういう人と一緒にいたい」「こういう関係性を築きたい」と思うのは、自然なことのはず。むしろ、何も望まず、誰でもいいと思えるほうが不自然です。
ところが婚活の場では、ときにこの「理想を持つこと」が“高望み”とラベルを貼られてしまうことがあります。
その背景には、結婚を「条件でのマッチング」として捉える視点や、女性はある程度の年齢を超えると“選ばれにくくなる”という、どこか冷たくて一方的な市場感覚が含まれているのかもしれません。
でも私たちは、本当に“理想を下げる”べきなのでしょうか?
そもそも、理想って何? なぜ持ってはいけないの? 持つことが悪なの?
このブログでは、婚活をしているあなたが、
- 「理想が高い」と言われても、なぜその気持ちを手放さなくていいのか
- 「高望み」と「自分にとっての幸せ」をどう切り分けるのか
- 理想を持ちながら、現実とどう折り合いをつけていくのか
という視点から、あなた自身の価値観を守りつつ、幸せに近づくヒントをお届けしていきます。
理想を持つことは、わがままではありません。
それは、自分を大切にするための“願い”です。
もし今、婚活のなかで「このままでいいのかな…」と感じているなら——
どうか、この記事をあなたの考えを整理する“静かな対話”の時間として使ってください。
「理想がある私」が、「ちゃんと幸せになる」ために。
なぜ“理想が高い”と感じさせてしまうのか?
「そんなに条件つけてたら、誰とも結婚できないよ」
「もっと現実を見たほうがいいんじゃない?」
「理想が高すぎるんだよ」
婚活中、そんな言葉を一度は言われたことがある方も多いかもしれません。
言った側は軽いアドバイスのつもりかもしれませんが、受け取った私たちは心のどこかにモヤッとした気持ちを残します。
そもそも、「理想が高い」とは誰の基準なのでしょう?
たとえば、「年収は最低○○万円は欲しい」「ある程度清潔感があって、真面目な人がいい」と言っただけで「高望み」と言われる場面もあります。でも、それは本当に“高すぎる”のでしょうか?
“普通”という幻想と、無意識のジャッジ
婚活においてよく言われるのが、「普通でいいんです」「特別な条件はないです」という言葉。
でも、実はこの「普通」こそが最も厄介なワードかもしれません。
私たちが考える“普通の男性”って、本当はどんな人?
清潔感があって、優しくて、安定した仕事についていて、家族を大事にする人…。
それ、実はかなり競争率が高い人です。
「普通」ではなく、「相対的に評価が高い人」なのです。
にもかかわらず、「ただ普通を求めてるだけなのに、それすら叶わないの?」という悩みに陥るのは、自分の中の基準と他人の評価がズレている証拠でもあります。
“理想を語る=強い女性”というレッテル
「理想」をはっきりと言葉にする女性は、時に「自立しすぎ」「男性に厳しそう」「可愛げがない」といったレッテルを貼られがちです。
でも、理想を語るのは、自分の人生に真剣だからこそ。
むしろ何も考えず、誰でもいいと投げやりになるほうがリスクが高いのです。
結婚はゴールではなく、スタートです。
そのスタートラインに立つ相手を選ぶのに、「こういう関係性を築きたい」というイメージがあるのは、ごく自然なこと。
にもかかわらず、「条件を挙げる=欲張り」というような価値観が婚活市場に根強く残っているのが現実です。
“言語化できる理想”は、決して高望みではない
本当の「高望み」とは、曖昧でふわっとしていて、自分でもよくわからない理想像を抱えている状態かもしれません。
でもあなたは、おそらく違う。
自分がどんな人生を送りたいのか、どんなパートナーシップが理想なのかをちゃんと考えている。そのうえで「これだけは大事にしたい」という軸がある。
それは決して“高い理想”ではなく、**“言語化された願い”**です。
しかも、その願いは、周囲が思っているよりもずっと現実的で、本質的だったりします。
むしろ、「言語化できる理想」を持っている人は、ブレずに選べる人。
婚活が迷走しにくく、うまくいきやすい傾向すらあります。
“妥協すること”が大人の婚活なの?
よく言われるのが、「理想を下げないと結婚できないよ」という助言。
でも、その“下げる”という言葉には、どこか無理やり感があります。
たとえば、「車に興味はないけど、安全で壊れにくい車がいい」と思って車を探すのと、「とりあえず何でもいいから、安ければ何でもOK」と思うのとでは、選び方も納得感もまったく違うはず。
大人の婚活に必要なのは、妥協ではなく、「納得できる選択」です。
納得感があるから、出会いの数に惑わされずに、自分のタイミングで決断できる。
“理想が高い人”とは、慎重なだけかもしれない
これまでの人生、恋愛や人間関係のなかで、いろいろな経験をしてきた人ほど、「こういう人とはうまくいかない」「こういう価値観はぶつかる」という実感を持っています。
だからこそ、単に外見や肩書だけではなく、相手の言動・考え方・人との距離感など、より深い部分を見ようとします。
それは、慎重さであり、自分の心を大事にする力です。
その慎重さを“理想が高い”と一括りにされるのは、あまりにももったいない。
あなたが「理想を語れる人」であること。
それは、“まだ妥協していない”ということではなく、“ちゃんと選ぼうとしている”ということなのです。
“理想の結婚”と“現実の結婚”のギャップを埋める視点
結婚相手に求める条件を挙げるとき、誰もが少なからず「理想」を持っています。「優しくて思いやりがある人」「見た目が好みで清潔感がある人」「価値観が合って、何でも話し合える人」——。こうしたイメージは、未来の生活を思い描くうえで大切な道しるべです。
でも、その「理想」がいつの間にか「絶対に譲れない条件」になっていたらどうでしょうか?
たとえば「年収○○万円以上で、長男ではなく、転勤がない人がいい」といった条件は、理想としては理解できます。しかし実際に結婚生活が始まると、重要なのは「その人があなたの人生をどう豊かにしてくれるか」であって、条件だけが幸せを約束するわけではありません。
理想の条件は“未来の不安”の裏返し
「年収が高い人がいい」という理想には、「経済的に困りたくない」という不安が隠れているかもしれません。「清潔感のある人がいい」という理想には、「異性として見られない人とは暮らせない」というリアルな感覚があるでしょう。
つまり、理想の条件というのは、ただのワガママではなく、「こうなりたくない」という不安や、「こうありたい」という願いの現れでもあるのです。
だからこそ、「この条件って本当に自分に必要?」と一度立ち止まって考えてみることが大切です。
“理想の条件”に該当しなくても、幸せな未来は築ける
婚活中の千佳さん(仮名・38歳)は、かつて「同年代以上で年収600万円以上、長男以外」という条件で探していました。しかし、なかなかピンとくる人と出会えず悩んでいた時、カウンセラーに言われた一言でハッとしたそうです。
「千佳さんが望んでいるのは、“条件に当てはまる人”と暮らすことですか? それとも、“人生を共に歩める人”ですか?」
それから千佳さんは、自分が「条件で相手を選ぼうとしていた」ことに気づき、視点を少し変えました。すると、年収は希望よりやや低めでも、生活の価値観が驚くほど似ている男性と出会い、交際へと発展。現在は結婚に向けて前向きに話を進めています。
「条件」ではなく「関係性」で見る
婚活で大切なのは、「この人と一緒にいたら、どんな関係性が築けるか?」という視点を持つことです。
どれだけ理想の条件を満たしていても、信頼関係や安心感を感じられなければ、長い結婚生活を続けていくのは難しいでしょう。逆に、条件に多少の違いがあっても、お互いを思いやれる関係が築ければ、それは何にも代えがたい「豊かさ」になります。
“理想”を持つことは悪いことではありません。ただ、その理想にとらわれすぎて、自分にとって本当に大切なものを見失わないようにしたいですね。
“理想が高い”と言われるのがつらい理由とは?
言葉にされると「否定された」と感じてしまう
「理想が高いね」と言われて、どんな気持ちになったでしょうか。
“ちょっと恥ずかしい…”“なんだか責められているような…”そんな気持ちになった方は少なくないはずです。
なぜその一言が、こんなにも私たちの心に引っかかるのか。
それは、「あなたは間違っている」と暗に伝えられたように受け取ってしまうからです。
たとえば、「そんなにいい人、いるわけないじゃん」
「もっと現実を見たほうがいいよ」
そうやって軽く言われたことがある人もいるかもしれません。
ですが、私たちは「理想が高い」ことがいけないとわかっているわけではありません。
むしろ、「理想に合わないからといって誰でもいいわけじゃない」「妥協の先に幸せがあるとは限らない」と思っている。
その“自分なりの正しさ”があるからこそ、他人の一言が余計に刺さるのです。
“こじらせている”と思われたくない不安
「理想が高い」と言われることの本質的なつらさは、「私は間違った考え方をしているのかもしれない」「こんなことを言っているから結婚できないと思われているのかも…」という“こじらせて見られる”ことへの恐れかもしれません。
実際、婚活をしているとよく目にするフレーズに「高望み女子」「理想ばかり追うと結婚できない」といった言葉があります。
自分がそう見られてしまうかもしれないと感じたとき、無意識に「周りに合わせた方がいいのかな…」と迷いが生まれてしまうのです。
でも、それでは自分の軸を見失ってしまいます。
“幸せになりたくて婚活しているのに、誰かの意見に引っ張られて本当に求めているものを手放してしまう”というのは本末転倒ですよね。
「理想」は本来、希望でありエネルギーの源
そもそも、理想を持つことは悪いことではありません。
理想とは、「こうなったら幸せだな」という未来像。
その人にとっての“幸せのイメージ”であり、“人生をこう生きたい”という願いのあらわれでもあるのです。
それを持っているからこそ、人は努力したり、学んだり、より良い選択をしようとします。
理想がなければ、今と違う未来に向かって動くエネルギーは湧きません。
つまり、「理想が高い」という言葉に惑わされる必要はないのです。
あなたの理想がどれだけ素敵なものか、まずは自分が一番理解してあげましょう。
誰の理想にも“背景”がある
あなたが持っている「理想の結婚相手像」や「こんな家庭を築きたい」という希望には、必ずその背景があります。
たとえば…
- 親のような夫婦関係を反面教師にしてきたから
- 過去の恋愛で大切にされなかった経験があるから
- 子どもの頃から思い描いていた“幸せな家庭像”があるから
理想には、必ず「理由」や「原体験」があるのです。
それを他人が知らずに「高望みだ」と言ってくるとしたら、それはあなたの背景を知らずに表面だけを見ている証拠。
自分の人生に責任を持てるのは自分だけです。
だからこそ、「私は私の理想を大切にしていい」と胸を張ってほしいのです。
“理想を叶える人”がしている3つの行動
1. 理想を「具体化」している
「優しい人がいい」「ちゃんと働いている人がいい」といった漠然とした理想だけでは、実際の出会いの場面で判断が難しくなってしまいます。理想を叶えている人たちの多くは、そのイメージをより具体的に描き直す作業をしています。
たとえば、
・「優しさ」=話を遮らずに最後まで聞いてくれる
・「ちゃんと働いている」=安定収入があり、生活リズムが整っている
といった具合に、“自分にとっての基準”を明確にしているのです。
そうすることで、自分が望むパートナー像を他人の物差しではなく「自分軸」で見極めることができます。
2. 自分も「理想にふさわしい自分」である努力をしている
理想は、手を伸ばすための目標でもあります。
理想を叶えている人の多くは、「理想の相手にふさわしい自分でありたい」という意識を持っています。
たとえば、「家庭を大事にする人が理想」と言うなら、
・自分も家事を楽しむ工夫をしている
・相手の家族を尊重する姿勢を持っている
など、理想を“口にするだけ”ではなく、自らもその理想を体現する努力をしているのです。
一方的に「理想の人がいない」と嘆くのではなく、「私はその人に選ばれる自分だろうか?」という視点を持つことで、現実が動き出します。
3. 「理想の正体」を理解している
理想を追うこと自体が目的になってしまうと、無意識に“スペック”や“条件”だけで判断しがちになります。
理想を叶えている人は、「自分が本当に大切にしたいものは何か?」を理解し、そこから逆算して理想を描いています。
たとえば「年収◯◯万円」という希望も、本当の望みは「将来子どもを育てる安心感」かもしれません。
その場合は、“一緒に家計を考えてくれる人”“堅実な生活を共に築ける人”のほうが、真の理想に近いこともあります。
表面的な条件だけにとらわれず、理想の「中身」を見つめることが、結果的に満たされる未来につながるのです。
理想と向き合うことは、現実を変える力になる
「理想なんて、どうせ叶わない」と思う必要はありません。
理想は、あなた自身が“どんな人生を歩みたいか”を教えてくれる、尊い道しるべです。
叶えるために必要なのは、「その理想に正面から向き合うこと」。
自分を否定せず、でも過信もせず、理想に向かって柔軟に考え、行動する。
それが、理想を現実に変えていく第一歩になります。
“高望み”が導いた、私だけの幸せ
「理想が高い」と言われて、何度傷ついてきたでしょう。
自分なりに真剣に将来を考え、丁寧に相手を見極めようとしているだけなのに、まるで“夢見がち”とか“身の程知らず”のような扱いを受ける。そんな言葉を投げかけてくる人たちは、私の中にある真剣さや、不安や、そして努力を見ようとはしません。
けれど——私は知ってしまったのです。「理想を貫く」ことと、「幸せを手にする」ことが、決して矛盾しないということを。
“理想を持つ”ことが、自分を知ることにつながった
私が思い描いていた理想は、ただの“高望み”だったのでしょうか。
一緒にいて安心できる人、価値観が近い人、生活リズムやお金の使い方に共通点がある人。話し合いができて、家族を大切にする人。——それって、本当に“高すぎる”のでしょうか?
理想を言語化し、何が譲れないのかを整理していくうちに、私は初めて「自分がどんな人間で、どんな人生を望んでいるのか」を知ることができました。
それは、ただ白馬の王子様を待っていた過去の私から、未来を共に創るパートナーを探す私への、心の成熟でもありました。
理想を“人”に当てはめるのをやめた
もうひとつ、婚活を続ける中で大きく変わったのは、
理想を“人”に当てはめることをやめたという点です。
たとえば「優しい人がいい」と思っていた頃は、「こういう時にこう言ってくれる人が優しい」という固定観念で相手を見てしまっていたんですよね。
でも今は、「私がしんどいときに寄り添おうとしてくれる人」「ちゃんと話を聞こうとしてくれる人」といった、“関係性”で感じる優しさを大切にしています。
すると不思議なことに、それまで“ピンとこなかった”人の中にこそ、心地よい関係を築けそうな相手がいると気づけるようになりました。
最初から完璧な人はいない。
でも、一緒に成長できる関係は、確かにあるのです。
理想を持ったまま、幸せになっていい
私は“理想を手放したから幸せになれた”わけではありません。
むしろ、自分の理想を深く理解したからこそ、現実との向き合い方もわかるようになったのです。
“理想”と“幸せ”は、天秤にかけるものじゃない。
どちらかを選ぶのではなく、自分なりのバランスで育てていくもの。
私は今、それを実感しています。
そして今、心から言えるのは——
「“理想が高い”って言葉に、自分の幸せを決めさせないで」ということ。
あなたの理想は、あなたの人生を照らす光です。
他人のものさしで測らなくていい。
その光が、あなたにとっての本当の幸せへと導いてくれますように。
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